HAL8192のモノリス達

何故、自分がポンコツになったかを嬉しそうに語る。

大いに炎上したオチ以外の言及!「ドラゴンクエスト ユア・ストーリー」

大いに炎上したオチ以外の言及!!!

ドラゴンクエスト ユア・ストーリー」

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1986年の第1作発売以来、シリーズを重ねて国民的RPGとして人気を誇る「ドラゴンクエスト」の5作目で、92年に発売された「ドラゴンクエストV 天空の花嫁」を原案に3DCGアニメ映画化。総監督に山崎貴、監督に八木竜一、花房真と「STAND BY ME ドラえもん」を手がけたスタッフが結集し、オリジナルゲームの生みの親である堀井雄二が監修、同じく「ドラクエ」テーマ曲などで知られる作曲家すぎやまこういちが音楽を担当した。声優は佐藤健有村架純、波瑠、坂口健太郎山田孝之ら豪華俳優陣が務めた。少年リュカはゲマ率いる魔物たちに連れ去られた母マーサを取り戻すため、父パパスと旅を続けていた。しかし、道中での魔物たちとの激闘により、パパスはリュカの目の前で非業の死を遂げてしまう。それから10年後、故郷に戻ったリュカは「天空のつるぎと勇者を探し出せば、母を救うことができる」と書かれた父の日記を発見。パパスの遺志を受け継ぎ、冒険へと旅立つ。次々と立ちはだかる試練の数々、ビアンカとフローラをめぐる究極の選択など、リュカの壮大な冒険が描かれる。 引用元 映画.com

 

色々言いたいことがありますが、まず一言「思い出を踏み躙って楽しいですか?」


私のドラクエ5の思い出はすごろく場制覇、モンスター図鑑コンプリート、エスタークを15ターン以内クリアぐらいはやりこんでいます。正直、ツイッターで流れてくる悪評の殆どはラストのオチの部分です。ここを誰が決めたか知りませんが、多くの人が激怒するのは理解できます。


ネットで面白い例えがありました、こういうものです「私はドラクエと言う、金の卵を産むガチョウがずっと好きでした。映画を鑑賞しに行ったら、フォアグラが皿に盛りつけられていました」


言い得て妙だと思います。アレは、強制給餌させられ、肥え太った可哀想なナニカでした。ただ、本当にあのオチがやりたいなら、もっと伏線とあるキャラクターに意味を待たせて欲しかったですね。


ただ、ラストのオチ以外の部分も冷静に考えればかなりばっさりカットしてます。

コレに「言及」したいと思います。


まず始めに映画がいわゆる3DCGアニメであり「103分」と短めに作られているという事です。3DCGアニメというものは当たり前ですが、実写よりも制作時間・コストがかかりますし、作り直しも大変です。故にかなり原作を削る作業が必要になるのも理解出来ます。


ただ、本作はネットで炎上している特別なラストのため、まあまあ時間を割いているので、エンドクレジット込みで8〜10分はソコの描写に使われていると言えます。


さて、本作はドラクエ5を原作に作られており、ドラクエ5は幼年期・青年期前半・青年期後半に分ける事が出来ます。


この作品の時間配分のバランスから言えば、8分30秒〜10分・45分〜50分・25分〜30分くらいでしょうか……


最初の幼年期はダイジェストで説明されていて、箇条書きと言っても良いのでしょう。こんな具合です。


オープニング

主人公の誕生シーン

船が港に着く

船を降りるとイベント発生

(SFC版ではないフローラとの出会いのシーン)

サンタローズの村に到着

自宅に到着するとイベント発生

(ビアンカとの出会い)

パパスと共にアルカパの村まで

男の子達とのイベントが発生シーン

(お化け退治へ)

夜になるとビアンカと町を抜け出して、レヌール城に行く

親分ゴースト戦闘シーン

アルカパで約束のネコ(ベビーパンサー)が仲間になる。


というのが、ゲームの画面と音楽と共に流れます。ここはこういった省略方なのだと思いますが、映画でレヌール城での戦いが描かれていないに等しいので、背中を預けられるとかなんでも打ち明けられるとかそういった前提を押し付けられても飲み込めないのが感想です。


また、フローラとの関係は幼年期にすれ違っただけのはずですし、映画内でも描写はそれ以上は描かれていないので、10年近い年月が過ぎたのなら大目に見て名前を覚えてる程度でしょう。


あとついでに、原作ゲーム内でかなり論争のあるベビーパンサーの名前問題をサラッと片付けているのは個人的には不満ですね。(ここも描写次第ではないでしょうか)


その後、原作ではサンタローズの村に帰り、妖精の村でのイベントがあるのですが、ここはばっさりカットです。ここをカットするならサンタローズの村の風景を映画内全体で「冬」で固定する意味がミスリードと予算不足以外では理解できないです。


ここで、ダイジェストは一応終わるのですが、ここまでの表現とオチとエンドクレジットの時間を差し引き残り「約90分」

これでゲーム一本分を表現しないといけないので、かなり強引な原作改変のせいか、全体的にテンポが早いというか、ダイジェスト的です。


ここからようやくスタートという具合ですが、ラインハットに向かったと思ったら、ラインハット城の外でヘンリーが拐われます。(ここで重要なのはラインハットという国を描かないということで、原作を短縮しているので、弟のデールや義母のお后様の存在が映画内ではいなくなっています)


その後、かなり早回しで、ゲマとの戦いが描写されますが、ジャミとゴンズは適当にやられます。


ここで重要なのはゴールデンオーブが砕けるシーンがない事とドラゴンオーブという名前に変わっている事による短縮効果です。(パパス描写引っかかる遺言はおそらくオチの伏線でしょう)


ここまでで約10分。今までの事は過去の悪夢として、青年期前半に入ります。かなり説明口調でヘンリーとの会話をこなし、イベントもこなし、大神殿を抜け出しますが、脱出時にマリアがいません。助けてもいません。この映画には出ていないキャラになってます。


なんだかんだあって、プサンという人物に助けられ、ビスタ港へと向かうという映画オリジナル改変になっています。(もちろんこの人はD.ragonです)


ビスタ港からラインハットの国境周辺まではヘンリーと共に行動しますが、ここで別れ、何かあった時は恩を返すと言われ、サンタローズへ一人で帰ります。ここで原作ゲームをプレイしたことのある人はラインハットが本当に何もなかった・しなかった事になる世界だと事に気付かされます。


つまり貴族・王族から勇者が誕生するという言い伝えもなくなり、ヘンリー誘拐の理由付けもなくなり、ニセ大公のイベントもなくなり、神の塔での扉を開けるという為にマリアも必要なくなり、ラーの鏡も眠ったままでよくなります。(ただ貴族・王族から勇者が誕生するという言い伝えはないと説明のつかない事象が多すぎるので、映画内では語らないだけで設定としては残っているのかもしれません)


サンタローズは焼き討ちされた痕跡が描写されない為、本当にデールがいない世界なのかもしれません。家も埃が積もっていますが昔のまま残っていますし、本来なら洞窟の奥深くにあった手紙が原作よりも情報が多く書かれています。ここで、サンチョと再会しますが、なぜ彼はココにいるのかか、グランバニア王国には帰らなかったのかという会話はない為、原作を遊んだ人は疑問に思うと同時にサラボナに天空の剣がある事を知り、冒険に旅立ちます。(グランバニア王国がないと貴族・王族から勇者が誕生するという言い伝えが作用しなくなりますし、パパスの事をゲマが知っていた理由も弱くなり、さらに言えば映画中でグランバニアの名前を持つことを明示されているので、存在はしているはずです)


天空の盾と剣の違いこそありますが、原作どうりサラボナに向かう道中で、スライムとアルカパで助けたあのベビーパンサーの成長した姿であるキラーパンサーを仲間に加えます。ここでは原作であったキラーパンサーの仲間加入イベントがかなり変わっていて、リボンすら使いません。また、スライムの方はある意味あのオチを用意するなら伏線が弱いと言えます。


サラボナでは時系列的にはまだ大丈夫なはずのブオーンが封印から解かれて、暴れておりこの魔物を倒した者がフローラの婿になれるという改変になっています。すでに被害も相当出ており、天空の剣もブオーンの物になっているので、向かわざるを得ないという展開と同時にフローラへの想いが描かれます。(ここの改変のおかげで、指輪に絡むエピソードはなくなりますので、アンディは映画に出演する必要はなくなり、火傷を負わない代わりに出番はないです)


一度は主人公とお供でブオーンに挑むのですが、戦いに負けサラボナの宿屋に戻ります。ここで客達に「やくそう」を分けて貰おうとするのですが、誰も持っておらず、唯一持っていた女性が名乗りをあげると思うと結構ビックリな治癒効果と一緒に彼女がビアンカである事が分かり、彼女と共にブオーンに挑みます。(やくそうの長年謎だった使い方とその眼を見張る効果は驚きですが、ビアンカには映画オリジナル設定としてべギラゴン使いとして名が知れている事が描写されます)


再度、ブオーンに挑む一向は隙を突き天空の剣を奪いますが、原作通り伝説の剣らしく選ばれし者しか鞘から抜けないようで、主人公は抜けません。(ただ、コメディ表現の多用っぷりから見ると観客に本当に抜けると思わせたかったのか、鞘から抜けないにしても持ち上げたり、振り回したりは簡単に出来るようです)


そこからは映画的アクション演出で、戦い、ある論理を使って勝ちます。(ここでもちろん鍵をドロップしないので、そういったイベントはないですが、母の血を引く眼の描写はあるのでエルヘブンは映画中には登場しませんが、存在する設定でしょう)


無事に勝利したおかげで、フローラに求婚を申し込む事が出来るようになり、ビアンカに引っ張られながらなんとかフローラに結婚を申し込みます。ここで、原作なら究極の選択肢を迫られますが、映画ではオリジナル改変がなされており、フローラが了承するものの主人公の心はビアンカにあるのではないかと思い、ある魔法で姿を変え深層心理を浮き彫りにする薬を主人公に飲ませ結婚に疑問を持つか試します。(ここは尺を結構割きつつ、後の伏線になる世界を主人公に提示し、かつドラクエ5プレイヤーに納得のいく決断を描写し、無事に剣を入手し、情報も得ていると思います)


ここで、場面はサンタローズに戻り、月日の経過が描かれ、サンチョと妻と産まれたての子供が描かれます……(残念ながら、エルヘブンの血の正統血統者であり、選ばれし者の分身であり、ラインハットの王子が恋い焦がれる双子の妹はこの映画では居なかった事にされています)


赤ん坊がある程度大きくなったところで、突如としてゲマ達一向が現れます。ここは映画的な演出込みで戦闘が繰り広げられますが、どうやって見つけたのか?というか何しにやって来たのか?なぜ主人公を倒したいのか?原作と変更し過ぎてて、イマイチ意図が不明です。(一応、ゲマ達も天空の剣の行方を探していたとか、マーサの弱点である存在を利用しようとしてたとか考えれますが、原作と矛盾が生じます)


ここで、主人公はゲマに敗れ石化し、妻はゲマに攫われ、大神殿で天空人の血を引く事が明かされます。しかし、反抗的な態度故かゲマに石化されます。(ここの演出でサラッとゲマ対妻の戦いが描かれますが、ここで妻側が一方的にドラクエ5最大火力呪文を連発しているのですが、絵面的にそう見えないのですし、他作品のドラクエ世界感設定的に連発は出来ないはずなので、そこのバランスはとって欲しかったです)


その後に原作でもあった季節の変化描写で、年月経過を報せる映像が流れた後、ある場所でおそらくストロスの杖を入手し、魔物に追われながらルーラを唱える息子が描写されます。ここで、石化が解かれると同時に、杖を追って来た魔物を息子が倒す演出が壮大に描かれます。簡単に言うと天空の剣が選んだのは息子だった、勇者は息子だったという壮大な演出です。(襲って来た魔物がサイクロプス系でルーラが使える流れたはまあいいとして、ゲマ達は天空の剣ごと石化できたというのはちょっといい加減ではないでしょうか?)


そこからプサンの元に向かって、ドラゴンオーブが必要になるという展開になるのですが、幼年期の妖精イベントをカットしたおかげで、サラボナの近くの森ではなくチゾット周辺にいる事になるのですが、一人でなければ会えないという設定に変わっています。それ故に、不自然な冒険シーンに切り替わりますし、それに伴った戦闘アクションもあります。何より大人には見えない妖精という存在という設定は消えています。(ここで妖精の村と妖精の城がごっちゃになったようで、過去のサンタローズイベントは一気に消化されます)


ここでほぼ最終決戦に向かいます。プサンと共に大神殿に向かい、妻の石化を解き、ゲマ達との戦闘が繰り広げられ、天高くにあるはずの大神殿にヘンリー御一行とあるモンスターが突如として現れます。ここから先はゲマ達VS主人公達の決戦とあるオチです。(演出的に大神殿にはイブールとか他の奴隷とかいるはずだとか、どうやってヘンリー達は来たのかとかはよく分からなかったです)


オチはしたい事は理解できるので良いですが、それをする前にちゃんと原作に矛盾を生じる事なく映画してからやってください。

最高の結末の蛇足か???「トイ・ストーリー4」

最高の結末の蛇足か???

トイ・ストーリー4」

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個人的に派あの完璧な3のラストを超えるのは、厳しいというのが観た感想だった……

 

あらすじウッディたちの新しい持ち主となった女の子ボニーは、幼稚園の工作で作ったフォーキーを家に持ち帰る。ボニーの今一番のお気に入りであるフォーキーを仲間たちに快く紹介するウッディだったが、フォークやモールでできたフォーキーは自分を「ゴミ」だと認識し、ゴミ箱に捨てられようとボニーのもとを逃げ出してしまう。フォーキーを連れ戻しに行ったウッディは、その帰り道に通りがかったアンティークショップで、かつての仲間であるボー・ピープのランプを発見する。一方、なかなか戻ってこないウッディとフォーキーを心配したバズたちも2人の捜索に乗り出すが…… 引用元 映画.com


十分普通の映画としては十分面白いけど、3の結末がこの「オモチャ」という物の至上命題を答えていたからやっぱり続編は難しいと言わざるを得ない。


良い映画だったけど、ツッコミどころがあるのは仕方ないかなぁ、新たな持ち主であるボニーの件が特に……


ここから「ネタバレ」注意!!!


つまるところ、結局ウッディは「オモチャ」と使命を違うものに見てしまった。子供に遊ばれる事こそが重要だった、ところから一歩先に進んだ。これが納得できないでいる。悪い作品ではないが、元の持ち主であるアンディとの感動的な別れから、今回は自主的な別れになっている。つまり、ボニーという彼女は本当にウッディを忘れたという点が頂けない。フォローも物語内にないから、この映画だけでは本当に忘れてしまった「オモチャ」になっている。


また、フォーキーという新キャラも納得できない。ゴミから「オモチャ」を作った事がある人は多いだろうと思うからある意味では納得はできても、その「オモチャ」を本当に大切に扱ったかと言われればそうじゃないと答える人が大半だろうし、「オモチャ」の宿命に壊れる事、忘れられる事があるという事を前作までに見せているので、フォーキーをウッディやバズのようなちゃんとした「オモチャ」よりも重要な「オモチャ」としては見れなかった。(フォーキーの心理描写も納得しずらい点が多々あった)


また、「オモチャ」という枠組みから離れる事、自由に暮らす事が良い事になっているが、これも一側面的でしかない。結局ウッディは何者になったのか?私には分からない。移動遊園地のヒーローかただのオモチャの迷子か……

 

見る人によって答えは違うだろうが、3までの思い出を大切にしたい人は見ない方が賢明だと言えるだろう。

有名アニメーションの実写化! 「アラジン」

有名アニメーションの実写化!

「アラジン」

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あらすじは生きるために盗みを働きながらも真っ直ぐな心を持ち、人生を変えるチャンスをつかもうとしている青年アラジンと、自立した心と強い好奇心を抱き、自由に憧れる王女ジャスミン。2人の運命的な出会いをきっかけに、それぞれの願いは動き始める。そしてアラジンは、邪悪な大臣ジャファーの甘い誘いに乗り、魔法の洞窟からランプを引き受けるが……(引用元 映画.com)

 

あの有名作品の実写リメイクだったから心配していたが、この作品は良いリメイクだった。特に狂言回しのジーニーというランプの魔人をウィル・スミスがやっているというこの座組みが成功だった。とにかく無茶苦茶をやるコメディ演技とド派手な演出、過剰な音楽と多幸感が溢れる彼の姿は本当に愛おしい。特に始めてランプから出たところの楽しさが最高!!!

 

それでいてジーニーの全能感の裏にある囚われの人物という人間味が良い。ここの楽しさ満載のジーニーが急に真剣な目をするのがギャップがあって良い。


また全体のミュージカルの質も高く、聞いていて、観ていて、感じていて、良質なエンターテイメントに仕上がっている。本当に映画館でリズムを取りたくなってくる程だ。


さらにアラジンという主人公がなかなか悪くない。ただのコソ泥という所から人間味のあるキャラに映すアクションの連続は楽しいし、ヒロインであるジャスミンというプリンセスも現代的なリーブトがされており、知的で国の事を思う悪くない人柄になっている。ただ、絶対的な悪と言えるジャファという悪役が実に良い。こいつが、ちゃんと過去のコイツの事を考えると主人公と対になっているのも良いし、願い事の使い方も行動理念も悪に徹していて、勧善懲悪だというのもディズニー的には楽しい所だろう。

 

アクションシーンの質の高さが異常に高いのに、それに負けないくらいコメディセンスもあり、最後には感動も掻っ攫っていくこの感じは万人受けするタイプの映画だ。たしかにちょっとスケール感が小さい感じやランプの伝承の謎、オウムのダイヤの原石発言、ラスボスの倒し方の前振りなどもう少し詰めれる気がしないでもないが、画面内迫力が全てを洗い流してくれる。子供から大人まで楽しませる気でいるディズニーは本当に凄いが、よくこのアニメーションを実写化しようと、勝ち目があると思ったものだ。

−273.15 ℃ほどの減点と℃を超えた加点が入り混じった作品!「プロメア」

−273.15 ℃ほどの減点と℃を超えた加点が入り混じった作品!

『プロメア』

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あらすじは突然変異で誕生した炎を操る人種「バーニッシュ」の出現をきっかけに、未曾有の大惨事である「世界大炎上」が起こり、世界の半分が焼失した。それから30年後、一部の攻撃的なバーニッシュが「マッドバーニッシュ」を名乗り、再び世界を危機に陥れる。これにより、対バーニッシュ用の高機動救命消防隊「バーニングレスキュー」の新人隊員ガロと、マッドバーニッシュのリーダー、リオという、それぞれ信念を持った熱い2人の男がぶつかり合うことになる。引用元 映画.com

 

この作品を点数で例えると……
前半のストーリーが単調−10点

物語内における説明台詞過多−20点

全体的な御都合主義−30点

SF的世界観−451点 (点は度でも可)


キャラクター+30点

カッコ良すぎる作画+50点

後半の圧倒的な熱量+500点!!!

 

という、とてつもない減点とそれを上回る加点をして見せる作品だった……

 

まあ、簡単に言うと無茶苦茶突っ込みどころの多い世界観設定をどこまで許せるのか?そして、外連味たっぷりのキメ絵、見栄を切る仕草にどこまで燃えるかと言うことになる。

 

しかし、悪は誰か?ということをメタ的に理解してしまう作りなのはいけないし、その悪事もこれまでのSF史の中で語り尽くされたテーマであるのは如何なものか?そして、主人公の絶対御都合主義的解決法は本当に人を選ぶだろう。(確かに絵的、表現的、アニメ的、心情的には熱くなるが、それは一定のお約束リテラシーが必要だろう)

 

また、悪とは簡単には言えない存在として、「バーニッシュ」というものを描いているが、物語内問題でしかなく、現実には全く投影できない。さらに彼らの存在は正直、天災的であり、Xメンにおけるミュータントとは違い、人類種として考えた時には明確に害悪であると受け取れてしまう。(思想も映画内で軽く矛盾しており、火災は起こすが人は殺さないというお題目にはなっているが、救助隊がいなければ人死が出ており、尚且つどう見ても過去には人類に対して敵対していたように見える)

 

細かいところは突っ込むだけ野暮というのが本作と言ったところか……作品内でも偶然性の御都合主義展開に自己言及しているシーンもあり、口上中の攻撃は反則的なお約束がある世界と言える。

 

ともかく、ただ熱い火消し魂を熱く滾らせる漢臭い内容に仕上がっていて、カロリーなんてまるで気にしていない濃厚な豚骨スープのような作品だった。

圧倒的な世界観が魅力の作品 「名探偵ピカチュウ」

圧倒的な世界観が魅力の作品。

「名探偵ピカチュウ

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あらすじは子どもの頃にポケモンが大好きだった青年ティムは、ポケモンにまつわる事件の捜査へ向かった父ハリーが家に戻らなかったことをきっかけに、ポケモンを遠ざけるように。ある日、ハリーの同僚だったヨシダ警部から、ハリーが事故で亡くなったとの知らせが入る。父の荷物を整理するため、人間とポケモンが共存する街ライムシティへ向かったティムは、自分にしか聞こえない人間の言葉を話す“名探偵ピカチュウ”と出会う。かつてハリーの相棒だったという名探偵ピカチュウは、ハリーがまだ生きていると確信しており……。引用元 映画com


とにかく、本当にポケモンが存在したらということに命をかけている作品。ここのリアリティが良くできている。不思議な生物であるポケモンを人間のパートナーとして見事に描いている。


かなり挑戦的なデザインをしており、ゲームのデフォルト的な姿からかなり獣寄りにしている。(ちょっと恐怖を感じさせるデザインは人を選ぶかもしれないが良い)


ただ、タイトルにあるような名探偵要素は実際にはほぼなく、ストーリーはレベルが高いとはお世辞にも言えない。(子供向けゲームが原作にあるからか、推理が一直線かつピカチュウである理由が乏しい)


ただ、本作の見所はそういったストーリー的な見所よりもポケモンという非現実の生物をどれだけ際立たせるかということであり、推理ものを見たい人にはオススメできない。(ほとんど行き当たりバッタリ)


ただ、ポケモンのファンにはたまらない小ネタが満載であり、実物感が素晴らしい。また、ポケモン特有の地方設定があるため、このような世界観設定も有りと言える。(モンスターボールを使わず、パートナーとして生活を共に過ごすというものやバトルは街の中では違法というもの)


ただ、主人公とピカチュウの物語としてはやはり普通というか、そこまで衝撃はない。(おっさんのピカチュウというのも初見では驚くが慣れればまあ……)


ただ、ゲームの実写化としては世界観をどう作り込むのかということが鍵となってくるので、そこがとにかくレベルが高いのは良い。美術スタッフのポケモン愛がビシビシ伝わってくる。

(コダックの頭痛ネタやコイキングの脆弱ネタからの展開、それからあるポケモンの目なんかよく描かれていると感心する)


とにかくポケモンが生きて動いて人と生活しているというものを存分に味あわせてもらえる作品だった。興行収入的に続編にも期待したい。(その時はストーリーにも頑張っていただきたい……)

テンプレート異世界冒険もの児童文学版 「バースデー・ワンダーランド」

テンプレート異世界冒険もの児童文学版

「バースデー・ワンダーランド」

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あらすじは誕生日の前日、自分に自信がない小学生の少女アカネの前に、謎めいた大錬金術ヒポクラテスとその弟子ピポが現れる。自分たちの世界を救ってほしいと必死で訴える2人に無理やり連れて行かれたのは、骨董屋の地下室の扉から繋がるワンダーランドだった。不思議な動物や人が住むそのカラフルな世界は、色が消えてしまう危機に陥っていた。ワンダーランドを守る救世主にされてしまったアカネは大冒険を繰り広げ、やがて人生を変える決断を迫られる。引用元 映画com


まず褒める所から、絵の色彩は綺麗だし、色鮮やかな世界観は良い、好みは分かれるだろうがキャラクターのデザインも悪くない。つまるところ絵の魅力「は」ある作品だった。


逆に言えばそれ以外は本当に凡庸。

児童文学の基本を抑えているが、あまりにも稚拙な内容。地球とはほんの少し隣の異世界に選ばれしものとして危機を救いに行くという物語で地下室が入り口になっているなど、テンプレートだがワクワクさせる設定はしているが、何ともぬるい。


キャラクターデザインの関係で12歳の小学生には見えないのだが、まあ言動は小学生。ここは別に構わないが、そこから成長する過程が何とも絵の雰囲気に呑まれるような描写で何とも納得できない。


また強引にこの世界に連れてきた人物が物語的に欠落があることになってしまう。ここが気にくわない。(時間で戻るとか言ってなかったっけ)


また、選ばれしものの一人旅ではなく、親戚のお姉さんとも一緒に来るのだが、これが何というか冒険というよりも旅行に行っているように見えてくる。精神的に傍観者というか俯瞰者で、この世界の危機に本当に鈍感になる。マスコット的な小人も可愛くて良いが、それ以上ではない。


本当に異世界「旅行」を楽しむだけで、大した事は起きない。


悪役側という方もスケールが小さく、脅しで傷つけるような事はやるが、本気で流血沙汰にはならないし、最序盤から登場して何となく小物感がある。猫っぽいマスコット部下を連れているのもそのせいか……


また、この世界では場所によってかなり季節が変わっているようで、車で一日走れば冬から春になるような世界観で、結構不思議。(魔法も錬金術蒸気機関もある)


そこで、このお話のテーマというか蒸気機関を手に入れても科学的に進歩しなかった世界としてこの世界は語られるが、これを現実は汚染されているという簡単な問題に置き換えてしまうのはちょっと好きになれない。(そういう意図でなくてもそういう風に読み解ける語り口は好きじゃない)


また、危機というものが何なのか分かってくると結構無理やり解決させるシーンにつながり、正直微妙。


誰だって自分の命がかかっているような仕事を前にして、それもまだ少年と言えるものにこの責任を任せたならこうなっても仕方ないだろう。(駄目押しもある)


そして、時間問題。まあこれは良いです。

タペストリーを見たミドリお母さんが何とも言えない感じで……(つまり前の選ばれしものは)


総論としては原恵一監督作品だと思って鑑賞していた身としては、無難に仕上げてきたというか記憶に残らない内容かつ突っ込みどころもある少し残念な作品でした。

悪ガキはヒーローになれるのか? 「シャザム」

悪ガキはヒーローになれるのか?

「シャザム」

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あらすじはある日、謎の魔術師からスーパーパワーを与えられた少年ビリーは、「S=ソロモンの知力」「H=ヘラクラスの強さ」「A=アトラスのスタミナ」「Z=ゼウスのパワー」「A=アキレスの勇気」「M=マーキューリーの飛行力」という6つの力をあわせもつヒーロー「シャザム(SHAZAM)」に変身できるようになる。筋骨隆々で稲妻を発することができるが、外見は中年のシャザムに変身したビリーは、悪友のフレディと一緒にスーパーマン顔負けの力をあちこちで試してまわり、稲妻パワーをスマホの充電に使ってみるなど悪ノリ全開で遊んでいた。しかし、そんなビリーの前に、魔法の力を狙う科学者Dr.シヴァナが現れ、フレディがさらわれてしまう。遊んでいる場合ではないと気付いたビリーは、ヒーローらしく戦うことを決意するが…… 引用元 映画.com


まだ子供といっていい年齢の主人公がある時、謎の魔術師から得体の知れない力を授かり、ヒーローになる物語。


ただ、この時にヒーローになる資格というか善良であるものというを示す事が必要になるが、そこは物語の都合というかほとんど偶然ヒーローになってしまう。


ただ、ガチガチのヒーロー譚ではなくあくまで等身大の子供がヒーローになったらというお話で、かなりコメディにもよっている。


また、本作のテーマが「家族」であり、孤児で引き取られた主人公と孤児を沢山引き取って作られた特殊な家で暮らすことになる。(ここでは人種も違うし、育ててくれる両親も元孤児だという設定)


ここでの暮らしが最初は嫌で仕方なく、自分の本当の母親を探して奔走するのが主人公の行動原理で、別に正義の味方というわけではない。


むしろちょっと度がすぎるぐらい悪ガキで、警察をおちょくって自分の母親の手がかりを得ようとするくらいである。


また、ヒーローの姿になると完全に別人というか大人の格好になるため、それを利用したギャグ&悪さもけっこうある。


そして、物語中盤から主人公と「家族」との確執が出来てきて何とも言えないシーンの中で、ラスボスというか本作のヴィランとの対決になるが完全に及び腰。本当に年相応の子供。それが魅力だが、何とも情けなくていい。


ヴィラン側のエピソードも「家族」がテーマにあるが、完全にブラック。主人公と対比されている。(彼は魔術師から、選ばれなかった側の人間)


そんな中での最終戦闘は本当にド派手!

とにかく、ヒーローしてる!!!

ラストはキッチリ決めていてカッコいい!


そして、「家族」というものをなかなかいい落とし所で見せていて、血のつながりではなく別のつながりをきっちりと感じさせる終わり方になっている。


基本、コメディタッチの強い作品だが、テーマも悪くなくきっちり見せていて、それでいて燃えるシーンはとにかくカッコいい!(パロディネタはちょと過剰だったと思うが……)


最後にここまでのことは全て忘れてくれてもいいが、絶対に本作を鑑賞する前にグッズコーナーに立ち寄って本作のグッズは見てはいけない!!!本当に何を考えているのかわからないくらいのネタバレがイメージイラストとして描かれている。絶対にこれはダメ。(あるキャラクター達が描かれていて本当に唖然とした……