HAL8192のモノリス達

何故、自分がポンコツになったかを嬉しそうに語る。

ポケモンHOME カントーファイルをボッチが埋める

ポケモンHOMEが解禁されてから一週間。

ようやく幻系を求める声がなくなってきました。(メルタンは配ってもいいでしょ……)

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さて、皆様は約890種類中何匹くらい埋めれたでしょうか?(私は5匹ほど幻がいない状況です)

 

ここで、全ポケモンゲット出来た人なら、ブラウザバックしてくださって結構です。さて、このポケモンHOMEには調査リクエストというものが存在していて、現在はカントーファイルとガラルファイルというものが有ります。ガラルファイルの方は割と簡単に#20まで達成出来ると思います。

 

問題はカントーファイルです!!!

こちらはなんとレッツゴーピカチュウ&イーブイのソフトで入手したポケモンのみが対象になっているのです。(おそらくガラルもそうなのでしょうが……)

 

これはかなり厳しい。過去作で入手したカントーポケモン達はファイルには記載されません!

滅茶苦茶苦労してゲットしたポケモンも思い出のあのポケモンも入手扱いされません。

 

私は通称ピカブイのイーブイ版をプレイしていたのですが、図鑑埋めはしていませんでした。

しょうがないので、ピカチュウ版もこの機会に購入しました……

 

ただ、ここで致命的な失敗をしました!

ダウンロード版で両方買ってしまったのです!

スイッチのポケモンはダウンロード版で購入すると、色々安心機能はあるのですが、同時に立ち上げると片方は使えない状態になります。あ、勿論二台持ちです。(同一IDのダウンロード版ではこうなるようです)

 

つまり、私はあの伝説のユンゲラー進化しない状態に陥ってしまいました。この状態をクリアする為にわざわざまたソフトを買うのは流石に嫌です!そこで、なんとかポケモンHOMEでGTSという交換システムでフーディン系統を交換したのですが、ピカブイ産と表記されていてもポケモンgo産だとカントーファイルは埋まりません……産地偽装だ!!!とかなんとか思っていたのですが、夢特性御三家を適当に流して自分の分「は」確保出来ました。

 

さて、本題ですが、この通信交換進化フーディンゴローニャはガラルにはいないのですが、ゲンガーとカイリキーはいます。もしかして、ピカブイ産のゴーストを剣盾に送って、そこで通信交換しゲンガーにすればカントーファイルには載るのではと考えました。こいつらの交換が全て終了してから……

 

せっかくなので、調べる事にしました!

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とりあえず、イーブイ系列で実験。結果、

「ピカブイ産」であれば、剣盾で進化させてもカントー図鑑に載る!

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ただしやはりピカブイgo産は無理ですので、気をつけてください!(ブースターはピカブイで進化です)


ちなみにVC版だと「懐かし」のカントー表記になるんですね……もちろんカントーファイルには載りません!こんな事にならないようにボッチは片方は通常ソフトを買おう!

 

金で買えない物を比べるな!デヴィ夫人の婚活論

デヴィ夫人の婚活論「大好きな年収200万の男と好きでもない年収1億の男、どちらと結婚するべき?」

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あるネット記事でこのような問いに答えていた。デヴィ夫人は一億の方を選ぶべきだと言いそして「愛はお金で買えます!」断言する。 

 

その理由は200万の男では生活が苦しくなり、不平不満が増え、喧嘩が多くなり、相手を嫌いになるからだという。

 

逆に1億の男は生活を満たす事ができ、不平不満はなく、相手を敬うことができる。それに感謝も。

 

200万円の男性との結婚、それは“愛があればそれだけで大丈夫”というもの。辛抱して、生活を続けて、自分もどんどん年老いていく。それはあなたが思い描いた生活でしょうか?

 

1億円の男性は最初は愛がなくても、満ち足りた生活に感謝するようになる。また、これほどの額を稼ぐことができる能力を尊敬し、その尊敬が次第に愛に変わってくる。そしてこの財力があれば、安心して子供が産める。子供にも望ましい教育を存分に受けさせてあげることもできる。

 

結婚生活で重要なの、『尊敬』『信頼』『思いやり』この3つだと語って終わる。

 

なるほど、確かにその通りだとは思う。現実的に考えれば起こりそうな結末だ。デヴィ夫人の考えは一理以上はある。だが、思考実験としては納得がいかない。

 

まず前提として、男のスペックがどこまで同じか考えねばならない。年齢、身長、体重、健康、遺伝的体質、才能、美醜、性格、知性、感性、趣味、価値観、差別意識等々いくらでも挙げられるだろう。

 

これらが同一で違いが愛か金のみであるという前提でないとこの思考実験は成り立たない。

 

しかし、美醜や知性は愛や金に直結する為、同じであると考えるのはむしろ変だ。更に言うと、尊敬と言うものは曖昧であり、金銭から生じる尊敬もあれば、貧困から生じる尊敬もある。勿論、信頼も思いやりもそうだ。

 

そもそも結婚適齢期の男性が年収一億を超える事がどれだけ多いのか?ネットで軽く調べたが、2018年に日本で1億円以上の収入を稼ぎ出したのは23843人(就労者2747人に1人:0.036%)で、そこから結婚適齢期&未婚者&男性である可能性を考えると馬鹿のような前提と言える。

 

逆を言うなら、この馬鹿げた前提と天秤に掛ける大好きはそれ相応の大好きでなければ、納得できない。

 

更に付け加えるなら、後出し的に一億の男に愛が芽生えるのなら、200万の男の年収が上がる可能性も考慮に入れる必要がある。そして、ここも後出し的だが、愛が冷める可能性があるなら、年収が下がる可能性も考慮されるべきだ。

 

そもそも論として、愛の価値は人それぞれであり、100億の価値を持つワンナイトラブもあれば、100円の価値しかない恋もある。つまり定義できないものを比べられても困る。

 

最後に書きたい事を……これまでうだうだ書いてきたが、結局一番腹が立つのは女性である自分が「夫に養ってもらう」という前提が隠されている事だ。

 

きっと男女逆の思考実験にしたら、意味が変わるのが嫌なのだ。「大好きな年収200万の女と好きでもない年収1億の女、どちらと結婚するべき?」

お金で幸せは守れる!「クリスマスが教えてくれたこと」

Netflix映画「クリスマスが教えてくれたこと」配信日はクリスマスシーズンに合わせた11月28日!つまりは商業映画!

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1時間34分でキッズ・ファミリー向けという比較的観やすいように思わせるが、それは全くの間違いである。本作はNetflixが作ったとは思えないほど、クリスマス物を馬鹿にした作品だった。正直、観たことを後悔するレベルの作品。

B級ホラーの低予算物でもまだマシなレベルだろう。

 

設定は人気ラジオパーソナリティのDJが、クリスマスシーズン目前に自分の番組を放送している局が大手に買収されてしまう。それで大手が主人公の放送時間帯を全国区の人気パーソナリティに変更するからという理由でクビにしてしまう。そこからの家族は貧乏になり、父親一人で育てていてお金の力で、甘やかされていた子供たちは貧乏に耐えきれず、問題行動をどんどん起こしていくが、クリスマスに向けて家族の力を団結させていくという物。

 

お話自体、物語骨格そのものはまあテンプレート気味ではあるが、悪いとは言わない。しかし、本作はあまりにも、そうあまりにも造りが甘い。

 

ここからネタバレ全開で本作にツッコミを入れていく。

 

まず初めに主人公が金持ちであり、人気者であり、実力もあり、わがままだが可愛い子供が四人いて、妻をずいぶん前に先立たれているが、仕事仲間とは良い雰囲気で始まる。

 

めちゃくちゃ幸福な存在として物語はスタートし、正直羨ましいとさえ思う。そんな主人公が仕事を失う。ここがポイントだ。確かに羨ましい存在が不幸になれば、嫌な快感が味わえるが、それにはそれ相応のロジックがなくてはならない。例えばDJとして放送コードに載せてはいけない言葉を発しただとか、過去の政治的発言が発掘されただとかそういう理由があって、やっと嫌な快感を飲み込める。しかし本作では全くそういう物はなく、上層部が変わったからクビになるというもの。いや待て、普通その局の聴衆率一位の人間をなんの不祥事もなく、割と独断先行で変えるか?時間帯を変えるとか、番組時間を減らすとかならまだ納得がいくが完全に御都合主義!!!

 

そして子供達、大学の合格通知が来るのを心待ちにしている兄・インスタグラムに夢中の現代的な妹・その下の双子の妹。この子達全員、父親の影響でクリスマスプレゼントにやれ車が欲しい、プラダのバックが欲しい、本物のポニーが欲しいと言う。まあ、金持ちの子供演出で笑いを取ろうとするのは良い。だが問題はそこからだ。いざ父親が仕事がなくなるとわがまま放題になる…………という演出にしたかったようだが、兄は全然意味合いが違う。確かに最初は車が欲しかったのだろうが、大学の問題が出てくる。しかしその大学があの「ハーバード大」だ。これが父親のせいで、せっかく合格通知が来てるのに通えなくなる。そりゃあグレるわ。

家族中が悪くなって至極当然。

 

ここからがもっと酷いのだが、主人公が仕事仲間と共に貯めてた年金を切り崩し、古巣の地方局を購入しようとするのだ。しかも自宅まで売って…………いや、自分は夢に向かってお金を投げ出すのに息子の大学という夢は諦めさせるのか…………しかもどう考えても、主人公の浪費癖がなければ息子の学費ぐらいは援助出来ただろうし、入学金さえあれば奨学金制度を使うとか出来ないのか???

 

その結果、叔母の住んでいる家に引っ越す事になるのだが、子供達はとても狭い狭い言っていたりわがまま放題だが、正直都心の一軒家で五人分の寝具がしっかり用意出来て、食べ物に何一つ不自由しないのを貧乏と言うなら地球人口の98%は十分貧乏だろう。

 

ここからしょうもない過去の妻の物語が語られるが、そんなキャラ思い入れも何にもないし、死別したのが5年以上前らしいので、それを今更ズルズル引きずるのは変だ。(仕事を失ってから思い出すようにしか見えないため、どうも納得がいかない)

 

また、これも仕事仲間と主人公の恋のための演出でしかないため、気持ち悪い。(幻覚でもう先に進んでもいいんじゃないとか語らせるとか気持ち悪い)

 

ここからダラダラ話が進むが、買収した企業が圧力をかけてきたり、自宅が突然売れなくなったり、息子が失踪したりするが、全部ご都合主義で解決される。

 

結局、結論は「大事なのはものではなく、周りにいてくれる人」とかいうご巧拙を垂れるが本当にどうでも良い。そういうのは「素晴らしき哉、人生」とかが言うから納得出来るんだよ。

 

あと、自分は日本人という黄色人種だから言っても良いと思うけど、なんで主要キャスト全員「黒人」で揃えたの???ゲスの勘ぐりが働くからやめて欲しい。

 

唯一、褒められる所はクリスマスプレゼントのシーンぐらい…………いや、あの演出も結構ギリギリの攻防が12時間前ぐらいにあったと思うとよく息子さん納得したなぁ…………

 

あと、ハーバードいける事になってるぽいけど、どう解決したのか全く分からないのは自分だけ???

圧倒的な「水」の描写!!! アナと雪の女王2

圧倒的な「水」の描写!!!

アナと雪の女王2!

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この作品は完全に「オラフ」が主人公!

いやマジメにピエール瀧さんの騒動で、このキャラクターが声優変更騒動になってこれは駄目かもしれない。日本語版では観ないでおこうとも思ったのですが、代わりを務めるのが武内駿輔くん!これはもしかして、と思ったところ素晴らしい演技だった。コメディパートをここまでできる人だとは……(反対にピエール瀧さんが良かったのも分かって悲しくもあるが……)

 

あらすじは雪と氷に覆われたアレンデール王国に陽光を取り戻し、深い絆で結ばれた姉エルサと妹アナ。氷や雪を操る魔法の力を持つ“ありのままの自分”を受け入れたエルサと、明るいキャラクターが持ち前のアナは、仲間たちに囲まれて幸せな毎日を過ごしていた。そんなある日、エルサに間のオラフやクリストフとともに、数々の試練に立ち向かっていく。引用元 映画.com 


本作はなぜエルサが力を手に入れたか?

というところから始まり、割と御都合主義強めの後出し設定を出さざるをえないシーンでスタートするので、個人的にはちょっと強引だなぁと感じた。


ただ、話運びを「歌」で表現しているので、なかなか悪くない。個人的には割とノレる。(だが、前作のアレがあったのでそれ以上をと、比べるといけない……)


キャラクターはかなり絞り込みがしてあるため、人数が増えて目が散るとか言うことがなく、続編としては飲み込みやすい。


4つの属性にまつわるキャラクター表現も木の葉の舞い散る描写からの風、木々が燃え盛る描写からのデフォルトの火、荒れ狂う大波からの躍動する水、大地轟く足音の土と面白い表現。


もちろんお約束の氷描写も見事で、素晴らしいの一言。だが、それ以上に圧倒的な技術力の物理演算が織りなす「水」表現!!


10年前の3DCGアニメーションからは考えつかない内容に仕上がっている。水のあの現実と見分けが付かない拍力、力強さ、蠢く恐ろしさ、実に素晴らしい!


本作のテーマともいえる「水」が最高に楽しめた。


あえて、マイナスを言うなら、楽曲の質が前回より大幅に落ちているという所だろう。(まあ、アレと比べる方が悪いのだが)

映画の中で最も素晴らしいスマイルが観れる作品「JOKER」

今まで観た映画の中で最も素晴らしい「スマイル」が観れた作品だった。ただ笑顔ではない、あくまで微笑みだ。

「JOKER」

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あらすじは、原作のDCコミックスにはない映画オリジナルのストーリーで描く。「どんな時でも笑顔で人々を楽しませなさい」という母の言葉を胸に、大都会で大道芸人として生きるアーサー。しかし、コメディアンとして世界に笑顔を届けようとしていたはずのひとりの男は、やがて狂気あふれる悪へと変貌していく。引用元 映画.com


ストーリーはバットマンシリーズの悪役であるジョーカーの誕生秘話であり、実質的には単品作品に近い。決してヒーロー映画ではないので注意。バットマンの知識もほぼ必要ない。(一応、バットマンの表の顔・実名くらいは知っておかないといけないが)


ジョーカーといえば、絶対的な勧善懲悪の悪であったがそこにスポットを当て、本当に単純な悪かを真剣に考えて作られている。


まず、素性が謎に包まれていたジョーカーという存在を完全に引っぺがし、凡庸で悲惨で貧乏で笑ってしまうくらい「人間味」を持たせてから始まる。ある意味、本作はジョーカーという狂人が産まれるまでの話故に、徹底的なバックボーンを構築してしまっている。謎の男・ジョーカーはいない作品になっているが、これも一種の「ジョーク」であると思うと悪くない。


彼は心の病を患っており、安月給でコメディアンをしており、老いた母親と二人でボロアパートで暮らす寂しい男だ。


始まりはある不幸からで、少しずつ彼の精神を蝕んでいく。ゆっくりと着実に狂っていく彼は信用できないキャラクターであり、語り手としてはどこまでが真実かわからない言動を繰り返す。そして現実も明らかに狂っているゴッサムという架空都市。


ここの情景描写が素晴らしい。時代背景はテレビがカラーになっているぐらいであって、現代ではなく、清掃員たちのストライキが長く続き汚れきった都市というのも良い。ルックスからして腐敗しきっているのが挑戦的だ。


さらに言うとジョーカーを演じるホアキン・フェニックスの怪演が光る。なんといってもあの「笑み」「笑い声」があまりにも独特で力強く皮肉たっぷりだった。ここの演技とメイクアップの出来栄えは異様なほどクオリティが高く、狂気演出として最高だった。


一応、原作がありどうなるのかということはある意味想定出来るが、ソコに行き着く過程の出来栄えは素晴らしい。


DC映画はここ何年か大味作品ばかりだったが、別格の出来栄え。ただ、絶対にデートムービーではない。一人で孤独に浸りながら、笑みを浮かべ鑑賞するのがオススメ!!

物理的距離という比喩「アド・アストラ」

物理的距離という比喩

「アド・アストラ」

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SF的な作品というより、比喩たっぷりの父と子の話だった。あえてSF的なツッコミどころを残している作品作りから分かるようにシンプルな内容ではない。

 

あらすじ 地球外生命体の探求に人生をささげ、宇宙で活躍する父の姿を見て育ったロイは、自身も宇宙で働く仕事を選ぶ。しかし、その父は地球外生命体の探索に旅立ってから16年後、地球から43億キロ離れた海王星付近で消息を絶ってしまう。時が流れ、エリート宇宙飛行士として活躍するロイに、軍上層部から「君の父親は生きている」という驚くべき事実がもたらされる。さらに、父が進めていた「リマ計画」が、太陽系を滅ぼしかねない危険なものであることがわかり、ロイは軍の依頼を受けて父を捜しに宇宙へと旅立つが……。引用元 映画.com


造り込みは流石だったが、痛快なエンタメを求めるのは無理な内容。


例えば実験動物の猿の場面が出るというシーンでこの世界でのリアリティラインはココだと言われる。シェイクスピア劇のライオンのような意味で使われていると思う。


他にも父親の宇宙船での孤独は生活感抜きに語られるあたりや、惑星間の移動時間の短さに対しての突っ込み。知的生物を有人で発見しなければならないという思考等ツッコミはあるが、そこはあくまで舞台装置として捉えるべきだろう。


あくまで、孤独、別離、対話と言った主題を語るための物語であり、細かい部分にツッコミを入れるのは野暮というものなんだろうな。

 

あくまで、父と子の物語であって、SFロマン的な作品ではない。絵作りは「2001年宇宙の旅」的な所を感じないでもないが、アレも別に真に宇宙を舞台にした作品、天体物理学的に正しい物ではないわけだし……

 

あくまで、この宇宙的距離は比喩でありある意味理論上可能な会える距離ならどこでもよく、時代さえ違えば、地球が舞台でも同様のテーマは描けるだろう。

 

正直、難解な内容、あえて描かれない描写、隠喩的な描写が多々ある。コレを面白いと思えるなら良いのだが、正直このテーマにのめり込む程興味がある訳ではないので、そこが引っかかっている。

 

デザインアートやSF的ギミックは素敵だが、絶対に好みは分かれるだろう。悪い作品というわけではないが、良作かと聞かれると答えを困ってしまうタイプの映画だ。

 

コレをSF作品としてみるのはちょっと厳しいので、個人的にはオススメはしないが悪口を言うほどではない……程度にしておこう。

大いに炎上したオチ以外の言及!「ドラゴンクエスト ユア・ストーリー」

大いに炎上したオチ以外の言及!!!

ドラゴンクエスト ユア・ストーリー」

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1986年の第1作発売以来、シリーズを重ねて国民的RPGとして人気を誇る「ドラゴンクエスト」の5作目で、92年に発売された「ドラゴンクエストV 天空の花嫁」を原案に3DCGアニメ映画化。総監督に山崎貴、監督に八木竜一、花房真と「STAND BY ME ドラえもん」を手がけたスタッフが結集し、オリジナルゲームの生みの親である堀井雄二が監修、同じく「ドラクエ」テーマ曲などで知られる作曲家すぎやまこういちが音楽を担当した。声優は佐藤健有村架純、波瑠、坂口健太郎山田孝之ら豪華俳優陣が務めた。少年リュカはゲマ率いる魔物たちに連れ去られた母マーサを取り戻すため、父パパスと旅を続けていた。しかし、道中での魔物たちとの激闘により、パパスはリュカの目の前で非業の死を遂げてしまう。それから10年後、故郷に戻ったリュカは「天空のつるぎと勇者を探し出せば、母を救うことができる」と書かれた父の日記を発見。パパスの遺志を受け継ぎ、冒険へと旅立つ。次々と立ちはだかる試練の数々、ビアンカとフローラをめぐる究極の選択など、リュカの壮大な冒険が描かれる。 引用元 映画.com

 

色々言いたいことがありますが、まず一言「思い出を踏み躙って楽しいですか?」


私のドラクエ5の思い出はすごろく場制覇、モンスター図鑑コンプリート、エスタークを15ターン以内クリアぐらいはやりこんでいます。正直、ツイッターで流れてくる悪評の殆どはラストのオチの部分です。ここを誰が決めたか知りませんが、多くの人が激怒するのは理解できます。


ネットで面白い例えがありました、こういうものです「私はドラクエと言う、金の卵を産むガチョウがずっと好きでした。映画を鑑賞しに行ったら、フォアグラが皿に盛りつけられていました」


言い得て妙だと思います。アレは、強制給餌させられ、肥え太った可哀想なナニカでした。ただ、本当にあのオチがやりたいなら、もっと伏線とあるキャラクターに意味を待たせて欲しかったですね。


ただ、ラストのオチ以外の部分も冷静に考えればかなりばっさりカットしてます。

コレに「言及」したいと思います。


まず始めに映画がいわゆる3DCGアニメであり「103分」と短めに作られているという事です。3DCGアニメというものは当たり前ですが、実写よりも制作時間・コストがかかりますし、作り直しも大変です。故にかなり原作を削る作業が必要になるのも理解出来ます。


ただ、本作はネットで炎上している特別なラストのため、まあまあ時間を割いているので、エンドクレジット込みで8〜10分はソコの描写に使われていると言えます。


さて、本作はドラクエ5を原作に作られており、ドラクエ5は幼年期・青年期前半・青年期後半に分ける事が出来ます。


この作品の時間配分のバランスから言えば、8分30秒〜10分・45分〜50分・25分〜30分くらいでしょうか……


最初の幼年期はダイジェストで説明されていて、箇条書きと言っても良いのでしょう。こんな具合です。


オープニング

主人公の誕生シーン

船が港に着く

船を降りるとイベント発生

(SFC版ではないフローラとの出会いのシーン)

サンタローズの村に到着

自宅に到着するとイベント発生

(ビアンカとの出会い)

パパスと共にアルカパの村まで

男の子達とのイベントが発生シーン

(お化け退治へ)

夜になるとビアンカと町を抜け出して、レヌール城に行く

親分ゴースト戦闘シーン

アルカパで約束のネコ(ベビーパンサー)が仲間になる。


というのが、ゲームの画面と音楽と共に流れます。ここはこういった省略方なのだと思いますが、映画でレヌール城での戦いが描かれていないに等しいので、背中を預けられるとかなんでも打ち明けられるとかそういった前提を押し付けられても飲み込めないのが感想です。


また、フローラとの関係は幼年期にすれ違っただけのはずですし、映画内でも描写はそれ以上は描かれていないので、10年近い年月が過ぎたのなら大目に見て名前を覚えてる程度でしょう。


あとついでに、原作ゲーム内でかなり論争のあるベビーパンサーの名前問題をサラッと片付けているのは個人的には不満ですね。(ここも描写次第ではないでしょうか)


その後、原作ではサンタローズの村に帰り、妖精の村でのイベントがあるのですが、ここはばっさりカットです。ここをカットするならサンタローズの村の風景を映画内全体で「冬」で固定する意味がミスリードと予算不足以外では理解できないです。


ここで、ダイジェストは一応終わるのですが、ここまでの表現とオチとエンドクレジットの時間を差し引き残り「約90分」

これでゲーム一本分を表現しないといけないので、かなり強引な原作改変のせいか、全体的にテンポが早いというか、ダイジェスト的です。


ここからようやくスタートという具合ですが、ラインハットに向かったと思ったら、ラインハット城の外でヘンリーが拐われます。(ここで重要なのはラインハットという国を描かないということで、原作を短縮しているので、弟のデールや義母のお后様の存在が映画内ではいなくなっています)


その後、かなり早回しで、ゲマとの戦いが描写されますが、ジャミとゴンズは適当にやられます。


ここで重要なのはゴールデンオーブが砕けるシーンがない事とドラゴンオーブという名前に変わっている事による短縮効果です。(パパス描写引っかかる遺言はおそらくオチの伏線でしょう)


ここまでで約10分。今までの事は過去の悪夢として、青年期前半に入ります。かなり説明口調でヘンリーとの会話をこなし、イベントもこなし、大神殿を抜け出しますが、脱出時にマリアがいません。助けてもいません。この映画には出ていないキャラになってます。


なんだかんだあって、プサンという人物に助けられ、ビスタ港へと向かうという映画オリジナル改変になっています。(もちろんこの人はD.ragonです)


ビスタ港からラインハットの国境周辺まではヘンリーと共に行動しますが、ここで別れ、何かあった時は恩を返すと言われ、サンタローズへ一人で帰ります。ここで原作ゲームをプレイしたことのある人はラインハットが本当に何もなかった・しなかった事になる世界だと事に気付かされます。


つまり貴族・王族から勇者が誕生するという言い伝えもなくなり、ヘンリー誘拐の理由付けもなくなり、ニセ大公のイベントもなくなり、神の塔での扉を開けるという為にマリアも必要なくなり、ラーの鏡も眠ったままでよくなります。(ただ貴族・王族から勇者が誕生するという言い伝えはないと説明のつかない事象が多すぎるので、映画内では語らないだけで設定としては残っているのかもしれません)


サンタローズは焼き討ちされた痕跡が描写されない為、本当にデールがいない世界なのかもしれません。家も埃が積もっていますが昔のまま残っていますし、本来なら洞窟の奥深くにあった手紙が原作よりも情報が多く書かれています。ここで、サンチョと再会しますが、なぜ彼はココにいるのかか、グランバニア王国には帰らなかったのかという会話はない為、原作を遊んだ人は疑問に思うと同時にサラボナに天空の剣がある事を知り、冒険に旅立ちます。(グランバニア王国がないと貴族・王族から勇者が誕生するという言い伝えが作用しなくなりますし、パパスの事をゲマが知っていた理由も弱くなり、さらに言えば映画中でグランバニアの名前を持つことを明示されているので、存在はしているはずです)


天空の盾と剣の違いこそありますが、原作どうりサラボナに向かう道中で、スライムとアルカパで助けたあのベビーパンサーの成長した姿であるキラーパンサーを仲間に加えます。ここでは原作であったキラーパンサーの仲間加入イベントがかなり変わっていて、リボンすら使いません。また、スライムの方はある意味あのオチを用意するなら伏線が弱いと言えます。


サラボナでは時系列的にはまだ大丈夫なはずのブオーンが封印から解かれて、暴れておりこの魔物を倒した者がフローラの婿になれるという改変になっています。すでに被害も相当出ており、天空の剣もブオーンの物になっているので、向かわざるを得ないという展開と同時にフローラへの想いが描かれます。(ここの改変のおかげで、指輪に絡むエピソードはなくなりますので、アンディは映画に出演する必要はなくなり、火傷を負わない代わりに出番はないです)


一度は主人公とお供でブオーンに挑むのですが、戦いに負けサラボナの宿屋に戻ります。ここで客達に「やくそう」を分けて貰おうとするのですが、誰も持っておらず、唯一持っていた女性が名乗りをあげると思うと結構ビックリな治癒効果と一緒に彼女がビアンカである事が分かり、彼女と共にブオーンに挑みます。(やくそうの長年謎だった使い方とその眼を見張る効果は驚きですが、ビアンカには映画オリジナル設定としてべギラゴン使いとして名が知れている事が描写されます)


再度、ブオーンに挑む一向は隙を突き天空の剣を奪いますが、原作通り伝説の剣らしく選ばれし者しか鞘から抜けないようで、主人公は抜けません。(ただ、コメディ表現の多用っぷりから見ると観客に本当に抜けると思わせたかったのか、鞘から抜けないにしても持ち上げたり、振り回したりは簡単に出来るようです)


そこからは映画的アクション演出で、戦い、ある論理を使って勝ちます。(ここでもちろん鍵をドロップしないので、そういったイベントはないですが、母の血を引く眼の描写はあるのでエルヘブンは映画中には登場しませんが、存在する設定でしょう)


無事に勝利したおかげで、フローラに求婚を申し込む事が出来るようになり、ビアンカに引っ張られながらなんとかフローラに結婚を申し込みます。ここで、原作なら究極の選択肢を迫られますが、映画ではオリジナル改変がなされており、フローラが了承するものの主人公の心はビアンカにあるのではないかと思い、ある魔法で姿を変え深層心理を浮き彫りにする薬を主人公に飲ませ結婚に疑問を持つか試します。(ここは尺を結構割きつつ、後の伏線になる世界を主人公に提示し、かつドラクエ5プレイヤーに納得のいく決断を描写し、無事に剣を入手し、情報も得ていると思います)


ここで、場面はサンタローズに戻り、月日の経過が描かれ、サンチョと妻と産まれたての子供が描かれます……(残念ながら、エルヘブンの血の正統血統者であり、選ばれし者の分身であり、ラインハットの王子が恋い焦がれる双子の妹はこの映画では居なかった事にされています)


赤ん坊がある程度大きくなったところで、突如としてゲマ達一向が現れます。ここは映画的な演出込みで戦闘が繰り広げられますが、どうやって見つけたのか?というか何しにやって来たのか?なぜ主人公を倒したいのか?原作と変更し過ぎてて、イマイチ意図が不明です。(一応、ゲマ達も天空の剣の行方を探していたとか、マーサの弱点である存在を利用しようとしてたとか考えれますが、原作と矛盾が生じます)


ここで、主人公はゲマに敗れ石化し、妻はゲマに攫われ、大神殿で天空人の血を引く事が明かされます。しかし、反抗的な態度故かゲマに石化されます。(ここの演出でサラッとゲマ対妻の戦いが描かれますが、ここで妻側が一方的にドラクエ5最大火力呪文を連発しているのですが、絵面的にそう見えないのですし、他作品のドラクエ世界感設定的に連発は出来ないはずなので、そこのバランスはとって欲しかったです)


その後に原作でもあった季節の変化描写で、年月経過を報せる映像が流れた後、ある場所でおそらくストロスの杖を入手し、魔物に追われながらルーラを唱える息子が描写されます。ここで、石化が解かれると同時に、杖を追って来た魔物を息子が倒す演出が壮大に描かれます。簡単に言うと天空の剣が選んだのは息子だった、勇者は息子だったという壮大な演出です。(襲って来た魔物がサイクロプス系でルーラが使える流れたはまあいいとして、ゲマ達は天空の剣ごと石化できたというのはちょっといい加減ではないでしょうか?)


そこからプサンの元に向かって、ドラゴンオーブが必要になるという展開になるのですが、幼年期の妖精イベントをカットしたおかげで、サラボナの近くの森ではなくチゾット周辺にいる事になるのですが、一人でなければ会えないという設定に変わっています。それ故に、不自然な冒険シーンに切り替わりますし、それに伴った戦闘アクションもあります。何より大人には見えない妖精という存在という設定は消えています。(ここで妖精の村と妖精の城がごっちゃになったようで、過去のサンタローズイベントは一気に消化されます)


ここでほぼ最終決戦に向かいます。プサンと共に大神殿に向かい、妻の石化を解き、ゲマ達との戦闘が繰り広げられ、天高くにあるはずの大神殿にヘンリー御一行とあるモンスターが突如として現れます。ここから先はゲマ達VS主人公達の決戦とあるオチです。(演出的に大神殿にはイブールとか他の奴隷とかいるはずだとか、どうやってヘンリー達は来たのかとかはよく分からなかったです)


オチはしたい事は理解できるので良いですが、それをする前にちゃんと原作に矛盾を生じる事なく映画してからやってください。