HAL8192のモノリス達

何故、自分がポンコツになったかを嬉しそうに語る。

自殺したい少年と人生を謳歌する老婆の話 「ハロルドとモード/少年は虹を渡る」 (1971)

自殺」というものはなかなか描くのが難しい題材だと思う。基本的に、映画において主人公は「生きる」ために戦うものだし、観客も現実で、「生きる」ために娯楽として、糧として、鑑賞する。

 

反対に、この映画の主人公は「死にたがり」だ。

そう、この「ハロルドとモード/少年は虹を渡る」 (1971)

という作品は、生死という問題に真正面から挑んだ、ラブストーリーだ。

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お話は19歳のハロルドが狂言自殺をしようとしているところから始まる。この年頃特有というべきか何なのか、アイデンティティの喪失ともいえる精神的苦痛から、死という一種の救済を望んでいる。

 

そこにあまりにも明るく、いたずら好きな女性、いや老婆といってもいいような年齢の今作の「ヒロイン」モードが現れる。彼女はアイデンティティという言葉の象徴のような存在で、ハロルドにありとあらゆる方法で、世界はあまりにも自由だと言葉ではなく、行動で教えてくれる。(そう、あまりにも自由すぎる方法で……)

 

そんな、彼女にハロルドは次第に惹かれていく。正直、60歳近い恋愛模様ではあるが、映画的にそんな小さなことは全く気にならないというか、むしろ死に近い年齢のモードに惹かれていくハロルドという構図はなんとも理にかなっている。

 

故に、彼女の行動は死に近づくものとしても、生を満喫しているようにも映る。この二面性が、なんとも「美しい

 

正直、映画的に完璧なストーリーテリングかと言われると、ちょっと首を捻る場面や個人的にこの演出は気に入らない場面等も多々あるが、ハロルドの「何故、死にたいか?」という描写はこの映画全体の空気感から嫌なほど伝わってくる。特に、その筆頭であろう母親の描写のリアリティと「どこにもいけない自分」という思春期の終わりの存在感はとても好きだ。

 

そして、そんな自分のちっぽけな常識をいとも簡単に壊すモードの存在と行動は何とも言えない。

 

そこから、ラストに向けて、地に足の着いた、問題の解決とハロルドの行動。

なんとも、不思議な後味で終わる作品だ。

 

正直、自分の人生で、死にたいと強く願ったことのない人には何も響かない映画であるかもしれない。意味不明な年の差カップルの珍道中にしかなっていないとも受け取れる。それでも、この作品は「自殺」というテーマにきちんと答えを出した作品だと私は思うし、誰になんと言われようと好きな作品だ。

 

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