HAL8192のモノリス達

何故、自分がポンコツになったかを嬉しそうに語る。

ひな祭りに見る形骸化された文化

今週のお題「ひな祭り」ということで、ひな人形が、いかに「高いもの」か書き散らしてやろうかと思ったが、現在では完全に「二極化」が進んでいるようだ。

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私の子供のころによく合った、きちんとした5万以上するひな人形は高級品扱いされ、富裕層が買い集めるものになっている。一方では庶民は完全におもちゃ同然の人形に「サンリオ」等のブランドが目を付け、完全にデフォルメ化されたひな人形になっている。

 

正直、昔の風習など、暦を変えたころからなくなってきたのだろうが、ここまでひどいとは思わなかった。(是非、アマゾンでひな人形で検索してほしい)

 

まあ、完全に形骸化された行事であり、もう誰も本気で気には掛けていない証拠だろう。そもそも、人形に穢れを移す行為というのも、「サンリオ」キャラクターでは実際不可能だろう。

 

今週のお題をもらうまで、この現実を知ることがなかったのは少々面白い事実だ。

きっと子供の日はより形骸化しているだろうし、このひな祭りもいずれ本来の意味を忘れ去られていくことだろう。(そもそも穢れという発想があるのかも怪しい)

 

しかし、別に構わないだろう。現代にそんな旧態依然とした施行で物事を考えるよりも、5000円で十分に楽しめるお祭り騒ぎ用のグッズとしてみる方が、きっと建設的で、時代も結局そのの方向に流れていったということだ。

 

別に悲しんでいないが、おそらく「祭り」としてのひな祭りは当分続くだろうが、高級志向はより一層廃れ、ただの人形かひな祭り用のポップアップカードになるだろう。(カードの方も、もうすでに販売されている)

 

これを食い止める手段はとくには思いつかないし、食い止める必要性もない気がする。自由競争の時代に、高品質の高級品より、低価格でかわいらしいデザインの商品がたくさん売れるようになったというだけだろう。

 

そして、ひな人形の宿命のように旧暦の4月3日にはどうせ、カードは燃やされ、人形は捨てられるのが、低価格化のオチだろう。(さすがに人形は残っていてほしいが)